2020-05-19 第201回国会 参議院 国土交通委員会 第13号
日本でも当時、高橋是清大蔵大臣により、同様の趣旨で公共事業を進める時局匡救事業というのが提唱されまして、治水事業、道路事業、港湾事業、鉄道建設、農業用水路の整備、こういったものが実施され、景気回復につながったというふうに聞いております。
日本でも当時、高橋是清大蔵大臣により、同様の趣旨で公共事業を進める時局匡救事業というのが提唱されまして、治水事業、道路事業、港湾事業、鉄道建設、農業用水路の整備、こういったものが実施され、景気回復につながったというふうに聞いております。
○国務大臣(福田赳夫君) 私は、昭和七、八年ごろの時局匡救事業、あのことは承知しておりますが、あれは要するに公共事業なんです。今日私どもが御審議願っておる五十二年度のこの公共事業なんというのは、あの時局匡救事業なんかに比べると、それはもうとてもとても比較にならないくらいな大規模のものです。
むしろ昭和の初め頃やられたような時局匡救事業ですか、ああいうような形で以て凶作地帯にはやはりやらせるべきだ、急速にやらせるのだというような態勢をとられる必要があるのじやないか。従つて農林省のほうは統計調査部もおありなんだし、先ほど局長の御説明のように小規模土地改良程度のものならば、全国至るところの農村に行つても事業がなくて困るというようなことは恐らくないのじやないか。
○坂本委員 本請願の要旨は、佐賀縣西松浦郡伊萬里漁港は昭和十年時局匡救事業として完成したが、その後資材不足のため補強修理をせず、港内は土砂に埋沒され、岸壁は船波で破損し、防波堤は沈下してその用をなさない、ついては昭和二十三年度予算を以て速やかに本漁港の補強修理並びに浚渫等を施行されたいというのであります。
本村は上述いたしましたごとく、漁村の懇望に答へて昭和七年に至り、ようやく時局匡救事業として、船溜の設置を見るに至りました。縣直營として、工事費十萬圓を投じ、岩盤地三千坪を大汐干潮面下二メートルを掘鑿し、海岸に防波堤を築き、理想的船溜となつたのであります。
小濱漁港は福井縣若狭灣に臨み、昭和三年内務省直轄施行にかかる南川、北川改修工事の實施せられた機會に、舊南川廢川地域を利用して漁港とすべく、時局匡救事業をもつて、小濱橋下流兩岸の一部を埋立て、その全面に水面幅八〇メートルを有する繋船岸壁を築き、港内水面積二七、九四一平方メートル、水深二、五メートルに浚渫をなし、發動機漁船の碇泊に便ならしむる計畫のもとに、昭和七年十一月著手し、昭和九年七月完成いたしたものであります
上述せる如く、昔日越前漁業の根拠なりしが、機船漁業の発展と共に、漁業の樣式を改更させるべからずるに至れるも、附近に避難港を有せざるため次第に衰微するのみなりしを以て、漁民は常にその施設につき懇望を続け來りしが、昭和七年に至り漸く時局匡救事業として船溜の設置を見るに至れり。
それで昭和七年時局匡救事業といたしまして、漁港の設備事業を縣及び農林省の指定するところとなつて、工費十二萬圓をもつて、縣營により昭和七、八年度の繼續事業として工を起しまして、昭和九年度に一應工事の竣成を見たのでありますけれども、その際におきましてなお大々的の計畫をもつて、從來の防波堤の沖合に受波止と言いますか、新防波堤の計畫を立てておつたのであります。